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アクセシブルなEPUB制作

8つのポイント
画像あり。アクセシブルなEPUB制作イラスト

1 はじめに

「アクセシブルなEPUB制作 8つのポイント」を手にしてくださって、ありがとうございます。ページをめくってみようと思った理由は、読書バリアフリー法への対応に迷っているからでしょうか。アクセシブルな電子書籍制作に関する情報を求めておられるからでしょうか。

本書では出版社の経営者、著者、編集者、制作オペレータといった非エンジニアの方たちに向けて、標準的な対応方法を提案し、特にアクセシブルなEPUBファイル制作の基礎的なノウハウをお伝えしたいと考えています。そしてまた、私たちボイジャーが持つ30年以上の電子出版経験から、実践的なお話をしたいと思っています。

読書バリアフリー法対応の参考にしていただけることを願って、早速始めましょう。

1.1 電子書籍は読書バリアフリー法の核心

背景を簡単にお話ししましょう。

2023年7月、市川沙央さんが『ハンチバック』で芥川賞を受賞して以来、「読書バリアフリー」という言葉を見聞きする機会が増えてきました。市川さんは受賞スピーチでご自身の障害を例に、読書バリアフリー法があるのに対応した書籍の拡充が不十分であることを指摘し、読書バリアフリーの推進を強く訴えました。

読書バリアフリー法とは、2019年6月28日に施行された「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」の通称です。法の名称にある「読書環境」には、点字図書、拡大図書、LLブックといった従来のアナログの出版物だけではなく、電子書籍も含まれています。

電子書籍こそ、読書バリアフリー法の核心でしょう。中でも一般の電子書店で販売できるEPUB形式の電子書籍が重要です。障害者に特化して制作されてきたDAISY形式の電子書籍は電子書店で販売することができません。販売できなければビジネスになりません。しかし、EPUB形式は違います。ビジネスになる上に、そのまま「読書環境の整備の推進」に貢献することができます。

全国出版協会・出版科学研究所によると、日本の電子書籍売上は出版市場全体の3分の1を占めています。その9割が電子コミックです。つまり、電子書籍といえばコミックとなるわけですが、実は残りの1割を占める一般書でも将来が見えてきています。EPUBでの電子出版を実践している小規模出版社では、カタログの充実とともに年間100万円を超える売上を達成するところも出てきています。電子書籍には印刷代、製本代などの製造費はかかりません。損益面でも好影響を与えていることは明らかでしょう。

本書では制作ツールの利用方法やEPUB内のタグの記述方法については、簡単な内容にとどめることとします。その代わり、あらかじめ知っておくべきポイントを解説します。

ボイジャーは1990年代から電子書籍が持つアクセシビリティに注目してきました。当時はドットブック(.book)という独自のファイル形式とティータイム(T-Time)という専用ビューアでしたが、視覚障害者の方たちと開発方針を話し合う機会を持ち、音声読み上げ、文字拡大等の機能を開発していました。

現在は、EPUBという世界標準フォーマットがドットブックに取って代わりました。アクセシブルなEPUB制作は決して難しくはありません。制作時に基本的なポイントに配慮するだけで読書バリアフリーに貢献することができるのです。

資料1:読書バリアフリー法第一条、第二条

令和元年法律第四十九号視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律

第一章 第一条 この法律は、視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、基本計画の策定その他の視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する施策の基本となる事項を定めること等により、視覚障害者等の読書環境の整備を総合的かつ計画的に推進し、もって障害の有無にかかわらず全ての国民が等しく読書を通じて文字・活字文化(文字・活字文化振興法(平成十七年法律第九十一号)第二条に規定する文字・活字文化をいう。)の恵沢を享受することができる社会の実現に寄与することを目的とする。

第二条 この法律において「視覚障害者等」とは、視覚障害、発達障害、肢体不自由その他の障害により、書籍(雑誌、新聞その他の刊行物を含む。以下同じ。)について、視覚による表現の認識が困難な者をいう。

2この法律において「視覚障害者等が利用しやすい書籍」とは、点字図書、拡大図書その他の視覚障害者等がその内容を容易に認識することができる書籍をいう。

3この法律において「視覚障害者等が利用しやすい電子書籍等」とは、電子書籍その他の書籍に相当する文字、音声、点字等の電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録をいう。第十一条第二項及び第十二条第二項において同じ。)であって、電子計算機等を利用して視覚障害者等がその内容を容易に認識することができるものをいう。

出典:e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)

視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律

下線著者

2 読書バリアフリー法とリフロー型EPUB

読書バリアフリー法では電子書籍は「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録」と抽象的な記述となっています。これを具体的に言い換えると、電子書籍はテキスト、音声、PDF、DAISY、EPUBなどの形式で作成されたファイルということになります。全部の形式を作る必要はまったくありません。読書バリアフリーに貢献するなら、これらのうち、どれかを作ることになります。

2.1 電子書籍向けファイル形式いろいろ

では、どれを選べばいいの? ということで、まず、テキスト形式から特徴を見てみましょう。

書籍の文字数はさまざまですが、5万〜6万字は珍しくありません。10万字を超えるものもたくさんあります。長文を読むならば目次から見出しを選び好きな場所に素早くアクセスしたいところです。しかし、テキストファイル自体にはデジタル機器が見出し、小見出しなどを機械的に検出するための情報はありません。見出しの前後で改行していたとしても、それはデジタル機器にとっては見出しの目印にはなりません。目次を選択して該当箇所を表示することができないので、特にテキストが長文の場合は、読者が読みたい場所を表示することが難しいと言えます。

音声ファイルは増えつつありますが、音声化の制作費用が問題です。1作あたり10万円は下らないと言われています。それでは制作者の負担が大きすぎます。

PDFは作るのはとても簡単ですが、販売は限定的な場所に限られます。

とすると、残るはDAISYかEPUBです。

大多数のDAISY図書は著作権法第37条第3項の規定の下で制作されています。簡単にいえば、通常、電子書籍の制作には著作権者の許諾が必要ですが、この規定によって、読者を障害者に絞れば、著作権者の許諾は不要です。読者を絞るとは、視覚障害者等の方たちだけが利用するサービスでの配布に限定する、という意味です。一般の読者が利用する電子書店では販売はできないのです。

したがって、EPUB形式を作ることになります。今の電子書籍市場で流通しているファイル形式はEPUB形式です。EPUBであれば、ほとんどの電子書店で販売できます。

取扱電子書店の有無と合わせると、このような表になります。

資料2:電子書籍ファイル形式と取扱電子書店

ファイル種類 詳細 取扱電子書店の有無
テキストファイル 確認できず
音声ファイル Audible
audiobook.jp
PDF 画像PDF
テキスト付PDF
技術書の同人誌即売会イベントなど
DAISY(デイジー) テキストDAISY
音声DAISY
マルチメディアDAISY
福祉関係の団体など
EPUB(イーパブ) リフロー型
固定レイアウト型
Kindleストア
Apple Books
紀伊國屋書店Kinoppy
ブックライブ(BookLive!)
コミックシーモア
理想書店 など

2.2 読書バリアフリー対応にはリフロー型EPUBが最適

EPUBにはリフロー型と固定レイアウト型の2種類があります。言うまでもなく、どちらも電子書店で販売できます。

固定レイアウト型は、コミック、写真集、雑誌、ハウツー本などページのレイアウトを重視する作品で使われています。リフロー型は、文芸、ノンフィクションといった読み物で使われています。

リフロー型は、本文のテキストデータに加え、ファイル内部に目次、見出し・小見出しの情報など、たくさんのデータを持っています。こうしたデータがあると、読書ビューアで、文字の拡大ができるようになったり、音声に変換したりと、さまざまな読み方ができるようになります。自動点訳の可能性もあります。つまり、リフロー型EPUBは、読書バリアフリー法対策に最適なのです。

日本語の書籍のEPUB化は2012年から始まりました。インターネットの普及、スマートフォンやタブレットなどのデジタルデバイスの普及という追い風に乗って、10年で驚くほど市場が大きくなりました。ICT教育も行われていますから、これからどんどん電子書籍の読者は増えていくでしょう。

オーサリングツールや制作サービスも充実してきています。ボイジャーでもDTPデータ(InDesignファイル等)からの変換の受注、Romancerという出版ツールサービスの提供など、実績を積み上げています。

リフロー型EPUBは、①読書バリアフリー法に即した電子的な形式であり、②一般の電子書店で販売ができる形式であり、③制作環境も整っています。読書バリアフリー法対策を合理的に考えるならば、リフロー型EPUBの制作が最善策です。

資料3:著作権法第37条第3項

(視覚障害者等のための複製等)

第三十七条 3視覚障害その他の障害により視覚による表現の認識が困難な者(以下この項及び第百二条第四項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第四項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は公衆送信を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその複製許諾若しくは公衆送信許諾を得た者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

出典:e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)

著作権法 第37条3項

下線著者

3 アクセシブルなEPUB制作 8つのポイント

読書バリアフリー法対策にリフロー型EPUBが最善であると言われても、リフロー型EPUBの出版で利益が出ている出版社があると言われても、実際に制作を始めたら、あれもこれもと準備が必要で、収支を考えたら結局ビジネスにならないのではないか。エンジニアのいない出版社では対応できないのではないか、といろいろ心配になると思います。本書ではその心配事をすっきり吹き飛ばしてしまいたいと思っています。

ここから、アクセシブルなEPUB制作8つのポイントを説明してみます。それを読み終わってから判断してください。きっと、杞憂だということを納得していただけると思います。というのも、8つのポイントはDTPやWEBページ制作で経験済みの基本的な作法と言ってもよく、出版に携わる方たちにとって目新しいものではないからです。

こちらがアクセシブルなEPUB制作8つのポイントです。

「読み間違いやすい本文の語句にはルビをつける」「見出しをつける」といったものは、書籍作りでは当たり前に行われています。8つのポイントの中で、これはどういう意味だろう? と疑問が湧いたのは、おそらく「画像には画像の説明テキストをつける」だけだったのではないでしょうか。

3.1 ポイントを絞って制作負荷を下げる

読書バリアフリー対策にはレベルがあります。理想に近づこうとしたら作業が多すぎて割に合わないことも起こり得ます。そのときは、どのポイントに対応するかを決めて、各ポイントの内容を調整し、レベルを落とします。

重度の視覚障害者は目から情報を得ることができません。本を目で読むことは難しいので、耳で「聞く読書」をしています。障害者専用のサピエ図書館でDAISY形式の書籍を借りたり、図書館まで行くことができる方は一部の図書館で実施されているボランティアの方たちによる対面の朗読サービスを利用したりしています。こうしたサービスは無料です。

DAISY形式の書籍の問題は作品数が限られることです。話題の新作を読みたくても、DAISY形式になっていないということが多いと聞きます。朗読サービスがある図書館が近くにない、混んでいて予約ができないということもあるでしょう。

一般の電子書店で「聞く読書」ができる本がいつでも入手できるとしたら、便利になるのではないでしょうか。そのためにはリフロー型EPUBの制作が不可欠なのです。

資料4:ホームページ/ウェブブラウザを操作するときの利用手段

視覚障害の程度 マンマシンインターフェース
健常者 キーボード、マウス

視覚的な情報をまったく得られない、あるいはほとんど得られない
キーボード、スクリーンリーダーによる自動音声読み上げ
(スマートフォン、タブレットは指の動きの組み合わせと、音声)
弱視(ロービジョン)
墨字(点字に対し、通常の文字の総称)を使用することができるが、拡大するといった補助器具が必要
キーボード、マウス、音声など
(色、コントラスト調整、拡大)

ポイント1:テキストで表現可能な部分を画像にしない

印刷本で利用されているDTPソフトは多機能です。見出しや小見出しのテキストに簡単に飾り罫をつけたり、アイコンをあしらったり、デザインに凝ったページを表現できます。どんな画像もテキストも自由にレイアウトできますから、画像に本文を回り込ませる、見出しに描き文字を利用するといった本作りの経験をお持ちの方も多いと思います。

一方、リフロー型EPUBはどうでしょうか。デジタルだから何でもできそうだと思うかもしれませんが、残念ながら、同じ表現を実現するのはかなり難しいことです。EPUBの仕様やHTML(特にCSS)に精通したスペシャリストでなければほとんど実現できません。見出しの飾りに使用したCSSをEPUB用に書き直すことは技術的な難易度が高いということです。実際には読書ビューアによって表示が異なる場合があるため、読書ビューアごとに確認も必要です。その分時間もかかります。読書ビューアごとに表示が違えばもう一度調整をします。その結果、費用がかさみます。

先行して電子出版を行っている出版社では、デザインの凝った見出しなどは画像にしているというケースも少なくありません。

画像だけですと音声合成の対象とはなりません。音声上は読み飛ばされることになります。見出しごと飛ばしますから、かなり大きな欠陥です。それを防ぐ手段が画像の説明テキストです。

ですが、見出しに絞れば、見出しを画像化して説明テキストをつけるよりも、あえて飾りの要素を取り払ってテキストだけにする方が現実的で確実な方法だと言えます。

テキストデータであれば音声合成(Text To Speechの頭文字をとってTTSと省略することもあります)で音声にすることができます。読書ビューアがリフロー型EPUBの中にある本文や見出しのテキストデータを音声にします。視覚障害者も晴眼者と同じ内容の情報を得ることができます。また読書ビューアは文字を拡大できますので、弱視の方はリフロー型EPUBがあるだけで「見る読書」ができます。

資料5:音声合成(Text To Speech)イメージ

画像あり。画像は、テキストだけが音声データへ変換される流れを示している。

ポイント2:意味の通じないテキストは使わない

読書ビューアの音声合成を基準に考えると、ローマ数字の代わりにアルファベット、例えばローマ数字「Ⅲ」の代わりに「I」を3つ並べるといった表現には注意が必要です。表現上はローマ数字に見えても音声合成では「あいあいあい」と読まれてしまうこともあります。

その他、見た目は文字っぽくてもまったく別の文字、例えば、半角の「レ」と「﹅」を組み合わせて平仮名の「い(レヽ)」、半角の「ナ」と「ょ」を組み合わせて「な(ナょ)」を表現するような文字は、検索や音声読み上げの妨げになりますので使用を避けましょう。

資料6:ローマ数字の代わりのアルファベット例

本来のテキスト アルファベットの例
III

資料7:ギャル文字例

本来のテキスト ギャル文字例
いろはにほへと レヽζ八|=レま∧┝
おはようございます ぉレ£∋ぅ⊇〃±〃レヽма£
きょうは、1人で行かせて下さい。 キょぅゎ、1囚τ"〒〒カヽ世τ㊦±ぃ。
超超超愛してる 走召走召走召愛ιτゑ

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(https://ja.wikipedia.org/wiki/)

ギャル文字

資料8:アスキーアート例

本来のテキスト アスキーアート例
お願い m(_ _)m
人生オワタ \(^o^)/

資料9:意味の通じないテキストの例を聞く本

耳で聞く副読本 ① ギャル文字の呪文

ポイント3:改行やスペースによるレイアウトをしない

改行やスペースを使ったレイアウトも避けましょう。読者は自分好みの文字サイズで読みます。文字サイズを変えられてしまうと、改行やスペースによるレイアウトのほとんどは、制作意図とは異なった表示になります。DTP作業のときに、著者の原稿が40字ごとに改行されていたりすると、作業の邪魔になるのと同じ理由です。

このようなレイアウトは検索や音声読み上げの妨げにもなります。

例えば「目次」という熟語の間隔を空けるために「目」と「次」の間に全角スペースを入れて「目  次」のように表記したとします。読書ビューアは融通の利かない機械みたいなところがあるので、「目次」と「目  次」はまったく異なる語句として処理します。音声合成では「め つぎ」と読み上げられてしまうでしょう。

資料10:改行やスペースによるレイアウト例

本来のテキスト 改行やスペースによるレイアウト例
目次 目 次
(全角スペースで字間を調整)
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。
世界人権宣言 第1条
すべての人間は、生れながらにして自⏎
由であり、かつ、尊厳と権利とについ⏎
て平等である。⏎
世界人権宣言 第1条⏎
※⏎ は改行

資料11:改行・全角スペースを使ったレイアウトを聞く本 耳で聞く副読本 ② 改行とスペースの罠

ポイント4:読み間違いやすい本文の語句にはルビをつける

難読語、固有名詞など、読み方が難しい言葉にはルビ(振り仮名)をつけましょう。最近は、読み方がまさに当て字としか言えない名前もあります。正しく読ませるためには適切なルビが必要です。ほとんどの書籍では編集段階で完了していると思います。ですからこのポイントでの準備作業はいりません。

ルビの語源は宝石のruby(ルビー)です。19世紀後半、イギリスでは活字の大きさをルビー、エメラルド、パール、ダイヤモンドといった名前で呼んでいたそうです。明治時代、日本でも活版印刷が盛んに行われました。一般的な本文の活字に対して使われる振り仮名の活字がルビーサイズと同じくらいだったそうです。「近代日本のリテラシー研究序説 : 付・文献目録」によると、漢字がある手紙や公用文などを読める人は人口の10%程度だったと書かれています。一方、ほとんどの人が、平仮名の文章であれば自分で読むことができたそうです。誰でも読めるようにするために、難しい漢字にルビをつけたのです。ルビは100年前からある読書バリアフリーです。

資料12:ルビの音声合成(Text To Speech)イメージ

ルビがある語句

画像あり。画像は、ルビが音声データへ変換される流れを示している。

制作で注意する点は次の通りです。

①拗音・促音はそのまま入れる

印刷本では多くの場合本文1文字に対してルビは2文字です。ルビ文字の高さは本文の文字の半分です。拗音・促音を使わないケース(例 「書籍」に対して「しよせき」とルビをつける)もあります。明治時代の活版印刷時代の名残と考えてもよいと思います。

このようなルビは、そのまま拗音・促音を使わない読み方をされてしまいます。読み方の通り(例 「書籍」に対して「しょせき」とルビをつける)にしてください。

②ルビを使って傍点(﹅)をつけない

傍点をルビとして記述してしまうと、音声読み上げ時に傍点自体を読もうとしてしまいます。傍点をどう読み上げるかも使用している音声合成エンジン次第です。場合によっては親文字が欠落することも考えられます。DTPでは許されてきた作法ですが、リフロー型EPUBでは使わないでください。傍点はCSSスタイルで設定します。

資料13:親文字とルビの例

親文字 ルビ 表示 合成音声
書籍 しょせき 書籍イメージ しょせき
書籍 しよせき 書籍イメージ しよせき

資料14:被装飾文字とルビの例

被装飾文字 装飾方法 表示 合成音声
書籍 ルビ(﹅) 書籍イメージ (読み飛ばす場合がある)
書籍 傍点を表現するスタイル 書籍イメージ しょせき

資料15:ルビ部分を聞く本

耳で聞く副読本 ③ ルビの危険信号

ポイント5:見出しをつけ、正しくレベル分けする

ここまでに説明してきた1〜4は印刷本のDTP作業としても理解できる内容でしたから、目新しさもあまりなかったと思います。リフロー型EPUBの制作として、優先度は高めであるということだけ頭に入れていただければOKです。

さて「見出しをつける」。このポイントは特に著者、編集者の方には違和感があるでしょう。著者、編集者の方が、見出しはすでにつけているし、何がポイントなのかさっぱり分からない、と思われて当然です。

実はこの、見出しをつけ、正しく「章」「節」「項」のレベル分けをするというポイントは、ホームページ制作のガイドラインとして、読むのが遅い、記憶できる時間が短いといった障害を持つユーザーのためにW3Cより正式に提案されているものです。HTMLで「章」「節」「項」のレベルに応じて適切な見出しタグ(例:<h1>から<h6>)の使用を推奨していることに倣って、それをリフロー型EPUBでもやってほしい、ということです。

見出し原稿の例として2つ説明します。

①見出しは、その章の内容を分かりやすく表現する

その章(あるいは節、項)の内容を分かりやすく説明している見出しは、読むのが遅くなる障害を持つ読者や、短期記憶が限られている読者にとって特に役立ちます。セクションのタイトルによって各セクションの内容が予測できれば、これらの読者にとって有益です。

②数字や番号だけの見出しはできるだけ避ける

数字だけの見出しでは内容が分かりません。ラベルと見出しが、自動的に生成された見出しリスト/目次内や、ページ内で見出しから見出しへジャンプする場合など、見出し単独で読まれたときに意味がある原稿とすることで、スクリーンリーダーを使用する人々に役立ちます。

資料16:WCAG 2.2(https://www.w3.org/TR/WCAG2/)見出しとラベル

Web Content Accessibility Guidelines 2.2 /Success Criterion 2.4.6 Headings and Labels

ポイント6:画像には画像の説明テキストをつける(通称、代替テキスト)

繰り返しになりますが、画像は音声合成の対象ではありません。画像しかないと、音声上は読み飛ばされます。ですから、画像が重要な内容を含んでいる場合には、音声として意味が通じるように、画像の説明を準備します。これを「代替テキスト」と呼びます。画像によっては適切な代替テキストをイメージできないものもあります。編集者ですらある程度割り切るか、もしくは著者の意向を確認しなければ書けないことがあります。

次の画像のHTMLの記述方法から「ALT属性」と呼ばれることもあります。imgというタグの「altという属性」の値にある画像の説明が「代替テキスト」です。

<img src="画像URL" alt="画像の説明">

単純化するとこのようになります。

  • 画像の代替テキストがない:
  • 視覚障害者には画像があることが分からない ≒ 本として内容が不完全
  • 画像の代替テキストがある:
  • 視覚障害者は画像の内容が分かる ≒ 健常者と同等の情報がある

先ほど、「1 テキストで表現可能な部分を画像にしない」で、見出しを画像化している場合の例を説明しました。見出しを画像化した場合、代替テキストは必須です。

最も注意しなければならないのが、EPUBで使用できる文字コードに含まれていない文字の代わりに画像を使用する場合です。この画像による外字にも代替テキストは必須です。代替テキストがないと読書ビューアは読み飛ばしてしまいます。DTPソフトでは、異体字についても候補に並んだリストから選ぶだけで簡単ですが、EPUBには文字コードの制約もあります。DTPのようにJIS X 0213には含まれない文字もOK、というわけにはいきません。

その他、電子書籍の中にある画像の種類はのちほど説明します。

資料17:画像データに代替テキストがある場合

画像あり。画像は、画像の代替テキストが音声データへ変換される流れを示している。

資料18:画像による外字について

EPUB自体の仕様では、使用できる文字の範囲に制限はないものの、日本語の場合には、文字を表示するためのフォントが必要であるため、各リーダーが搭載しているフォントを考慮し、原則として「JIS X 0213」の範囲内の文字の使用を推奨しています。「JIS X 0213」範囲外の文字を使用する場合、文字化けの可能性があるため、画像で代用することがあります。「底本と同じ文字で表現しなければならない」等、どうしても必要な場合はなおさら画像外字を使用せざるを得ません。その場合、必ず代替テキストを設定します。代替テキストがない画像外字は、音声読み上げでは読み上げられません。音声では、事実上、脱字状態となります。

  • JIS X 0213の範囲内の異体字、新字がある場合は異体字、新字を指定する(例 画像外字が「髙」なら、代替テキストは「高」)
  • JIS X 0213の範囲内の異体字、新字が存在しない、あるいは異体字、新字を指定しても無意味な場合は「読み」を指定する
  • サイコロの目、麻雀牌のようにそこで表現されている内容が重要な場合は内容を指定する
  • 絵文字などの場合は「絵文字:喜ぶ」のように画像の種別と意味を指定する

資料19:日本語書籍での文字コード体系の比較

資料18:日本語書籍での文字コード体系の比較イメージ

資料20:JIS X 0213の範囲内の文字かどうかを調べる方法

1.以下のサイトにアクセスする

2.調べる文字を検索する

ヒットすれば、該当の文字はJIS X 0213にある

ポイント7:画像の色やコントラストに配慮する

このポイントも、ホームページ制作のガイドラインとしてW3Cから弱視の障害を持つユーザーのために提案されています。

例えば、ホームページでボタンを作成した場合、ボタンの名称を角丸の四角形で囲んだりすると思います。その例を見てください。弱視者にとってはコントラスト比が高い方のボタンが見やすいはずです。例でお分かりの通り、ガイドラインがなくてもデザイン作業の上で自然に配慮している内容だと思います。

資料21:コントラスト比の違いによる画像OK/NG

OKの画像の例: 画像あり。画像は、コントラスト比が高い。

背景色 #666666
文字色 #ffffff
コントラスト比 5.74

NGの画像の例: 画像あり。画像は、コントラスト比が低い。

背景色 #ccccc
文字色 #ffffff
コントラスト比 1.61
(コントラスト比の計算は後述のコントラストチェッカーによる)

資料22:WCAG 2.2(https://www.w3.org/TR/WCAG2/)非テキストコントラスト

Web Content Accessibility Guidelines 2.2 /Success Criterion 1.4.11 Non-text Contrast

資料23:背景色と文字色のコントラストを確認するツール

コントラストチェッカー(© Colorbase)

エー イレブン ワイ(https://weba11y.jp/)

コントラスト比 [色]

ポイント8:リンクの飛び先を分かりやすくする

リフロー型EPUBにあって、印刷本にないものの1つが「リンク」でしょう。リフロー型EPUBではインターネットに存在するあらゆる情報にリンクできます。ですが、どこに飛ばされるか分からないリンクは不安になります。

外部リンク(URL)の場合も、書籍内リンクの場合も、リンクの目的を分かりやすくしましょう。そのリンクの前の文脈、あるいはリンクされている文字列から、リンク先が何であるか分かるようにします。制作のときには次のような例を意識してみてください。

ジョン・フォン・ノイマンはENIACのことを初めて聞いたときから、

ジョン・フォン・ノイマンはENIACのことを初めて聞いたときから、

(出典:「極端に短いインターネットの歴史」(浜野保樹著))

良い例では、「ENIAC」という単語自体がリンク文字列です。リンクはENIACの説明にジャンプするだろう、と想像できますから、リンク先はENIACの説明であるべきです。無関係の事柄へのリンクはNGです。

悪い例では、ENIACという用語の後に※をつけて、それをリンク文字列としています。音声読み上げでは「※」しか読みません。リンクはどこに飛ぶか、何があるのか、分かりにくいです。

脚注の場合は、「※1」のように数字をつけ、リンク先にも「※1」と同じ数字があれば、数字は読み上げ対象でもあるので、許容範囲といえます。

※ご利用の端末でスクリーンリーダーを有効にしている場合、PCでのキーボードショートカット、スマートフォンのスワイプやタップなどの操作に制約が生じます。そのため、現状のBinBではスクリーンリーダーを有効にしている場合、コンテンツ内のURLリンクを選ぶことができません(マウスによるクリックのみ、可能)。

資料24:総務省/ウェブアクセシビリティ(https://www.soumu.go.jp/soutsu/tokai/siensaku/accessibility/)

できるところから始めるウェブアクセシビリティ対策 その5 使いやすく分かりやすいリンクの提供

4 編集者のための「聞く本」制作

リフロー型EPUBのアクセシビリティを高めていくために、画像の代替テキスト以外は、日々の書籍やホームページの制作作業と大差がないことをお話ししてきました。

残る疑問は、画像の代替テキストにどんな原稿を用意すればいいのか? 原稿を耳で聞いて確認する方法はあるのか? といったことだと思います。順を追って説明していきましょう。

先ほど、電子書籍では印刷本ほどの自由なレイアウトは難しいということ、その代わりに見出しなどを画像にすることがあることを説明しました。

こうした対応をする箇所は見出しだけではありません。奥付、扉なども画像化されることがあります。表やグラフは画像化することが一般的です。写真やイラストなども、タイトルやキャプションをテキストのままにする場合と、画像と一体化してまるごと画像化する場合があります。

4.1 電子書籍の中にある画像の種類

電子書籍の中にはどのような画像があるのか、それぞれの代替テキストの原稿はどうなるのかを整理してみました。

表から分かるように、画像には、描かれた文字原稿を代替テキストとしておけばOKの場合と、NGの場合とがあります。表紙、扉、奥付は文字原稿がそのまま代替テキストになっていればOKです。一方、写真・イラスト・挿し絵、図・表・グラフはタイトル、キャプションの有無や内容によって、画像をどの程度説明するかという判断が必要です。機械的な対応はできません。アクセシビリティのレベルや作業量を左右するのはこの部分です。

印刷本では原稿上、大きな余白ができてしまった場合、埋め草として原稿を入れる場合があります。リフロー型EPUBでは読者の設定によって余白が変化します。余白が一定ではないため、埋め草の画像も他の挿し絵と同じ扱いになります。

資料25:電子書籍の中の画像と代替テキストの整理

  画像の種類 代替テキスト原稿
1 表紙 表紙用の文字原稿を使用:
先頭に「表紙」という語句、それに続けて、書名、サブタイトル、著者名、シリーズ名など
2 奥付 奥付け用の文字原稿を使用:
先頭に「奥付」という語句、それに続けて、書名、サブタイトル、著者名、シリーズ名、発行日、発行所名、発行人名、©表記など
3 本扉・章扉 扉用の文字原稿を使用
4 画像による外字 前述「画像には画像の説明テキストをつける」を参照
5 見出し・小見出し 見出し用の文字原稿を使用
6 写真・イラスト・挿し絵 タイトル、キャプションの有無、内容による
7 図・表・グラフ タイトル、キャプションの有無、内容による
8 埋め草の画像 その他の画像と同じ扱いとする

W3CのWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)が発表されるまで、ホームページ制作でも画像の代替テキストは正しく運用されていたとは言い難いのが実情でした。空欄よりは、何か書いてあった方がいいだろうと、画像のタイトルやキャプション、あるいはファイル名などを独自判断で入力していた人も多かったと思います。これは代替テキストはアクセシビリティのためにあるという本来の意味を理解できていない方法です。もっとも、現在とは比べ物にならないくらい回線速度が遅かった時代であれば「画像が表示されない場合に表示されるテキスト」として運用されていたとしても仕方ありません。

音声読み上げの対象は、テキストと代替テキストです。実際に音声合成で読み上げた場合、画像化されていない画像のタイトルは読み上げ対象です。画像のタイトルと代替テキストが同じだったら二重読みになります。キャプションも二重読みになります。ファイル名では内容が分かりません。これでは読書バリアフリー対応としては不合格です。

資料26:代替テキスト原稿での注意点

  • ルビは使用できない。難読語は平仮名で書く方が無難
  • 明確に区切りを入れたい場合は、句読点を使う方が無難。日本語の文章の中に、区切りとして半角スペースや半角カンマ、ピリオドを入れても、区切られずに読まれてしまうことがある

4.2 代替テキスト「◎◎画像あり」が良い理由

タイトルやキャプションが画像化されていない場合は、単純に「写真画像あり」「グラフ画像あり」といった代替テキストを使用して構いません。

もちろん理想を言えば話は違います。写真の被写体の様子や撮影された場所など、内容を細かく説明する。グラフの元となる表の数値を逐一説明するなど、本の内容を視覚障害者にも平等に伝えようとするならば、その方が良いことは間違いありません。しかしそのためには、著者、もしくは内容を深く理解している編集者の協力が必要です。執筆の時間も校正の時間もかかります。現実的に考えると、著者や編集者の協力を得るのはなかなか難しいのではないでしょうか。理想を追い求めると、制作の手は止まります。

著作権への配慮も必要です。代替テキストはEPUBファイルの中に入力されます。著作物の一部になるものです。

電子書籍の制作オペレータや電子書店への入稿データの管理を行っている出版社の電子書籍担当者は、著者ではありません。機械的ですが、立場上、「写真画像あり」「グラフ画像あり」という代替テキストしか用意できません。

制作会社に代替テキストを発注する際は、出版社の指示を明確にしておく必要があります。

出版ビジネスでは発行日までの納期が残されていないこともあります。まずは割り切ります。

資料27:内容理解度と制作処理可能点数の関係イメージ

画像あり。画像は、縦軸が内容理解度。横軸が代替テキスト制作可能点数を示す4象限である。内容理解が高い著者、編集者は代替テキストの制作可能点数が低いことを示している。

4.3 リフロー型EPUB制作の準備

制作会社へリフロー型EPUB制作を外注する場合、次の素材を準備してください。

印刷本をリフロー型EPUBにする場合、校了したDTPデータを使います。素材データとして、推敲、編集、校正を繰り返し、誤字脱字や誤変換などを修正し終わったDTPデータ、これが必要です。InDesignであれば、「ファイル>パッケージ」を実行し、「パッケージ」を作成しておきます。

印刷入稿用にPDFを作成していると思いますので、これも準備します。

PDFを参考にしながら、DTPデータを分解し、リフロー型EPUBに組み立てていきます。

EPUB制作会社では、ルビや見出し、文字サイズによる表現などは、DTPデータからEPUBへ変換していきます。

ご自分で、単純にDTPからコピー&ペーストでテキストを取り出した場合、ルビや見出し、文字サイズによる表現といった情報が省略されたテキストになります。PDFからは不要なデータも混じったテキストになります。同じ文字に見えても文字コードが変わることもあります。作業する場合は、印刷本と同等の校正作業が必要です。

本扉・章扉、見出し・小見出し、写真・イラスト・挿し絵、図・表・グラフなどは、アクセシビリティの観点も考えながら基本方針を決定してください。納期・費用にも関係します。外注の場合は制作会社の意見も参考にしながら、決めるのが良いと思います。

代替テキスト原稿は、ページ番号、画像やグラフ名、デジタルテキストの一覧表(エクセルのxlsx形式)で準備します。

4.4 リフロー型EPUB制作方針の立て方

EPUB化の対象となる作品が、リフロー型に向いているか、固定レイアウト型に向いているかといったことをはじめ、迷うことはたくさんあると思います。

まず、作品が小説、新書など文章がメインならば、リフロー型。コミック、写真集など画像と文章が密接にレイアウトされているならば、固定レイアウト型と考えて大丈夫です。

扉や見出し・小見出しを画像化するかどうかは、出版社の制作方針と予算次第です。

その他、制作工程と関係する項目は以下の通りです。あらかじめ大枠を整理しておくとスムーズに制作に取り掛かれます。

4.5 著者が書く代替テキストの松・竹・梅

代替テキストを著者が書く、あるいは編集者が著者の代わりに書くといった場合は、視覚障害者等と晴眼者が平等に読書できるようにするという原則通り、理想の代替テキストを準備することができます。

扉や見出しは前述の通り、画像化する手前の文字原稿をそのまま使います。

写真・イラスト・挿し絵、図・表・グラフの画像はキャプションとタイトルの有無で内容が変わります。画像化のときに、キャプションやタイトルを含んだ形とした場合は、キャプションやタイトルのテキストは必ず必要です。

ここからの内容は、ボイジャーで運営している個人向け電子出版ツール「Romancer(ロマンサー)」の次のページで公開している内容からの抜粋です。

4.5.1 キャプションとタイトルがない場合

画像の内容を簡潔に説明する文章を入力します。説明がなくても意味が通じる場合、そこに画像があることだけを入力します。

画像に描かれているテキストがないと意味が通じない場合、そのテキストを入力します。

4.5.2 キャプションとタイトルがある場合

タイトル、キャプションが、その画像を説明している場合、そこに画像があることだけを入力します。

資料28:電子書籍内の画像例

パソコンで代替テキストを音声読み上げするには、リンクをクリックして電子書籍を表示し、‘T’ キーを押します。

出典:『アクセシブルブック はじめのいっぽ 〜見る本、聞く本、触る本〜』(宮田和樹、馬場千枝、萬谷ひとみ著  ボイジャー刊)立ち読み版

4.6 AIの画像解析を利用する際の注意点

生成系AIへ画像生成を指示すると合成画像が作成できることはご存じだと思います。生成系AIではその逆、画像解析もできます。生成系AIへ画像を送信すると説明文を作成することが可能です。説明文の品質は生成系AIによってまちまちですし、文脈にあった説明文とは限りません。

ここで注意しなければいけないのは、画像の著作権です。

生成系AIサービスはインターネット上にあります。生成系AIの画像解析を使う場合、いったん画像をインターネットで生成系AIに渡さなければなりません。もしも生成系AIの学習用データにしてよい、という設定で送ってしまうと、その画像は蓄積されていきます。これは、著作権の複製権と公衆送信権を侵害してしまう可能性を孕んでいます。制作においては、テキストを作るために生成系AIを使ってよいかどうかは、事前に判断する必要があります。

資料29:生成系AIデータイメージ

画像あり。画像は、生成系AIが画像を認識し、説明のテキストを生成する流れを示している。

4.7 原稿を「聞く」ツール

画像の代替テキストの原稿を書いているときに、どんなふうに聞こえるのか、聞いてみたいと思うことがあります。印刷本のように原稿そのものを目で見て校正できるならばいいのですが、原稿を「聞く」には音声合成機能のあるツールが必要です。

Microsoft Wordを使っている方は、イマーシブリーダーの音声読み上げで聞けばいいのではないかと思うかもしれません。確かにそれもできます。音を聞きながら、目で原稿を追うと意外なほど誤字脱字を見つけやすいので、積極的に原稿チェックで使っている方もいます。ただし、現段階では、ルビのある箇所を正しく読めない、日本語を中国語のように読んでしまうなど、読書ビューアよりも読み上げの精度が低い部分があります。特性を理解した上で使ってください。

いっそのこと読書ビューアで聞きたい、と思うかもしれません。確かにKindleでは音声読み上げができます。しかし、聞けるのは販売中のEPUBデータだけです。原稿を聞くことはできません。

原稿作成時のツールとしてGoogle翻訳をご紹介します。代替テキストの制作を請け負った場合は、ツールの利用について、出版社との間で意識合わせをし、事前に出版社の了解を得るようにしましょう。

4.7.1 「Google翻訳」での読み上げ操作方法

4.8 EPUBを「聞く」ツール

次に、EPUBを「聞く」ツールについて説明します。こちらは読書ビューアBinB(ビーインビー)が優秀です。ルビ、画像の代替テキストを聞くことができます。青空文庫のコンテンツを縦書きで読む「青空 in Browsers」や日本出版インフラセンター(JPO)に設置されたアクセシブル・ブックス・サポートセンター(ABSC)などで使われています。制作にボイジャーが提供する出版サービス「Romancer」を利用している場合は、制作中のEPUBを聞くことができます。

4.8.1 BinBでの読み上げ操作方法

パソコンではキーボードショートカット機能が利用できます。

1.作品を開く
2.‘T’ キーを押す 読み上げの開始
3.‘T’ キーを押す 読み上げの停止

キーボードの‘1’ 〜 ‘5’ キーを押す
(数値が大きいほど速くなります)

スマートフォンなどでの利用方法は次のホームページをご覧ください。

資料30:BinB音声読み上げ機能の使い方

◎音声読み上げ機能の使い方

Romancerを出版社など業務で利用する場合は有償です。料金などは以下のURLをご覧ください。無料プランでも、原稿の確認として利用することは可能です。原稿の推敲作業で、音声を聞きながら原稿を読むと、意外なほど、客観的に原稿を読むことができます。

資料31:Romancer 業務用プラン

◎電子書籍を作る・見せるためのソリューション

4.8.2 iPhone Kindle Viewerでの読み上げ操作方法

次の方法で読み上げが利用できます。

  1. 1.設定→アクセシビリティ→タッチ→背面タップ→トリプルタップ→「画面の読み上げ」をONにする
  2. 2.Kindleで書籍をひらく
  3. 3.読み上げたいページで、iPhoneの背面を3回タップする
  4. 4.コントローラーが出るので、再生ボタンを押す

Kindle Viewerの注意点

4.9 音声合成の仕組み

音声合成について、BinBを例に仕組みを説明しておきましょう。前述した読み上げ品質の差、その発生理由でもあります。

技術的には以下のように2つの方法があります。

サーバー側で音声合成する一例として、電子図書館「LibrariE & TRC-DL」を紹介します。ここでは「AITalk」という有償の音声変換エンジンを使っています。音声変換エンジンのライセンス料、音声データの送信料がかかります。こちらの費用は、電子図書館が負担しています。パソコンでもスマートフォンでもとても聞きやすい音声です。出版社から許諾を得た作品に限って、音声読み上げを提供しています。

出版社から許諾を得た作品に限っている理由は、著作権にあります。小説など言語の著作物を口頭で、あるいはテキストデータからの音声合成で伝達するには、著作権者から「口述権」の許諾を得る必要があります。さらにそれがインターネットでの公開である場合には「自動公衆送信権(送信可能化権を含む)」の許諾も必要だからです。

費用、許諾の問題を避けたい、となると、もう一つのウェブブラウザなどのクライアント側で音声合成する方法を使うことになります。クライアント側と一口に言っても、読者が使っているマシンのメーカー、OS、ウェブブラウザは千差万別です。そこでの音声合成の実装度合いは、さらにブラウザ開発者によって異なります。

ということで、現在は残念ながら、品質にばらつきがあります。読み間違いもありますが、精度は年々あがっています。

資料32:Webブラウザなどクライアント側で音声合成する方法

画像あり。画像は、ブラウザ型電子書籍リーダー「ビーインビー」による音声合成の流れを示している。

資料33:音声合成場所に起因する音声品質と費用の違い

音声合成をどこで行うか 音声品質費用
サーバー側 閲覧環境に寄らず一定の品質
※音声品質は利用する音声変換エンジンに依存
サーバー費用必須
AITalkなどの有償の音声変換エンジンでは、ライセンス費用が必要
クライアント側 閲覧環境に依存 追加費用なし

5 デジタル出版のアクセシビリティ

読書バリアフリー法は、情報へのアクセスは基本的人権であるという理念に基づいています。誰もが平等に本を読める社会の実現を目的としています。

デジタル出版はその第一歩です。

5.1 印刷本はツルツルした紙の束

ボイジャーは30年前から電子書籍制作を行っています。ただ、その時はスマートフォンはおろか、ノートパソコンも開発されていませんでした。インターネットもありません。どうやって読んでもらっていたのかというと、フロッピーディスクやCD-ROMです。フロッピーディスクは9センチ四方のプラケースに入った磁気メディアです。厚さは3ミリくらいです。CD-ROMは音楽CDと同じような形状のメディアです。そこに電子書籍を入れて、家電量販店で売りました。高額商品であるパソコンを売りたい家電量販店とエキスパンドブックという新しい読書体験を普及したいボイジャーと、両方の思惑が一致して、予想以上に話題となりました。パソコン雑誌で特集が組まれたり、IT好きのマニアックな人たちから注目を集めました。

当時のパソコンは本体もモニターも大きく持ち運びができるようなものではありません。そこで読書をしましょう、とマーケティングしていたのですから、一般の方の目には奇異なものに映っていたことでしょう。出版社からは、これは本じゃないと言われ続けていました。しかし、その時、視覚障害者の方がこのように言ってくださったのです。

「紙の本は、目が見えない者にとっては、ツルツルした紙の束でしかない。
デジタルであれば、音声の形にすることもできる。
デジタルこそが、自分たちにとっては、本だ」

電子書籍の真の可能性は読む人が自分にあった形に変えられることだと、初めて知りました。視覚障害者の方に言われなければまったく気がつきませんでした。心底、驚きました。

今は、パソコン、スマートフォン、タブレットなどのデジタルデバイスはデジタルテキストを音声に変換する機能を標準で備えています。理屈では、自動音声合成を使えばデジタルデバイスの画面に表示されている電子書籍に何が書いてあるのか、音に変換することができます。電子書籍を聞くことができれば、それは目が見えない人にとって「聞く本」となり得ます。

エキスパンドブックから30年がたちました。

5.2 デジタル出版を取り巻く環境の変化

2024年4月に日本文藝家協会、日本推理作家協会、日本ペンクラブが「読書バリアフリーに関する三団体共同声明」を発表しました。続いて2024年6月に日本書籍出版協会、日本雑誌協会、デジタル出版者連盟、日本出版者協議会、版元ドットコムが「読書バリアフリーに関する出版5団体共同声明」を発表しました。大きな進歩です。

制作はどうでしょう。高機能で廉価なパソコン、常時利用できるインターネットは当たり前となりました。オーサリングツールも存在しています。環境は整ってきています。

しかし、アクセシブルなEPUBは環境が整えば増えるというものではありません。誰かが作る意思を持って実行しなければ1作も増えません。環境が整っている今こそ、関係者の気持ちが大切だと思います。

書店も含め関係者全員の協力があれば、障害のある人もない人も、日本語の読み書きができる人もできない人も、それぞれに合った形で自由に本にアクセスできるようになります。

今はまだ電子書店や読書ビューアがアクセシビリティに十分には対応できていないとしても、読書バリアフリーを意識したリフロー型EPUB作りは無駄になることはありません。リフロー型EPUBが増えれば、それを買うための電子書店の読書バリアフリーが進み、使いやすい読書ビューアの開発が進みます。

電子書籍のアクセシビリティの度合いを書誌に追加しておくといった単純なことも、とても重要です。電子書店に作品が登録された後、読者は一目でその書籍がアクセシブルかどうか、読む前に分かるようになるからです。

そのために出版に携わる私たちは何をすればいいのでしょう。「アクセシブルなEPUB制作  8つのポイント」を読んで、試しに1作だけでも作ってみようかな、と思ってもらえたら、とてもうれしいです。

参考資料URLリスト

資料1:読書バリアフリー法第一条、第二条
出典:e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)
視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律
https://laws.e-gov.go.jp/law/501AC0100000049#Mp-Ch_1

資料3:著作権法第37条第3項
出典:e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/)
著作権法 第37条3項
https://laws.e-gov.go.jp/law/345AC0000000048#Mp-Ch_2-Se_3-Ss_5-At_37

資料7:ギャル文字例
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(https://ja.wikipedia.org/wiki/)
ギャル文字
https://ja.wikipedia.org/wiki/ギャル文字

資料9:意味の通じないテキストの例を聞く本
耳で聞く副読本 ① ギャル文字の呪文
https://r.voyager.co.jp/epm/e1_359185_24062024171427/

資料11:改行・全角スペースを使ったレイアウトを聞く本
耳で聞く副読本 ② 改行とスペースの罠
https://r.voyager.co.jp/epm/e1_359252_25062024111314/

資料15:ルビ部分を聞く本
耳で聞く副読本 ③ ルビの危険信号
https://r.voyager.co.jp/epm/e1_456120_20022025132232

資料16:WCAG 2.2(https://www.w3.org/TR/WCAG2/)見出しとラベル
Web Content Accessibility Guidelines 2.2 /Success Criterion 2.4.6 Headings and Labels
https://www.w3.org/TR/WCAG2/#headings-and-labels

資料20:JIS X 0213の範囲内の文字かどうかを調べる方法
JIS X 0213コード表(全コード)
https://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/jisx0213/index.html

資料22:WCAG 2.2(https://www.w3.org/TR/WCAG2/)非テキストコントラスト
Web Content Accessibility Guidelines 2.2 /Success Criterion 1.4.11 Non-text Contrast
https://www.w3.org/TR/WCAG2/%23non-text-contrast#non-text-contrast

資料23:背景色と文字色のコントラストを確認するツール
コントラストチェッカー(© Colorbase)
https://colorbase.app/ja/tools/contrast-checker

エー イレブン ワイ(https://weba11y.jp/)
コントラスト比 [色]
https://weba11y.jp/know-how/guidelines/color-contrast-ratio/

資料24:総務省/ウェブアクセシビリティ(https://www.soumu.go.jp/soutsu/tokai/siensaku/accessibility/)
できるところから始めるウェブアクセシビリティ対策 その5 使いやすくわかりやすいリンクの提供
https://www.soumu.go.jp/soutsu/tokai/siensaku/accessibility/L5_link_text.html

4.5著者が書く代替テキストの松・竹・梅
◎アクセシビリティを高めるための制作ガイドライン
https://romancer.voyager.co.jp/a11y-tech/

◎画像の代替テキストについて
https://romancer.voyager.co.jp/alttext/

資料28:電子書籍の画像例
表紙(代替テキスト:書名、著者名)
https://id.voyager.co.jp/binbReader.php?cid=26998&adr=0

章扉(代替テキスト:章名)
https://id.voyager.co.jp/binbReader.php?cid=26998&adr=37000

テキストのタイトルとキャプションがある画像(代替テキスト:画像の説明)
https://id.voyager.co.jp/binbReader.php?cid=26998&adr=56000

テキストのタイトルがある画像(代替テキスト:画像の説明)
https://id.voyager.co.jp/binbReader.php?cid=26998&adr=68000

4.7.1「Google翻訳」での読み上げ操作方法
Google翻訳
https://translate.google.com/

資料30:BinB音声読み上げ機能の使い方
◎音声読み上げ機能の使い方
https://tayori.com/q/romancer-faq/detail/422927/

資料31:Romancer 業務用プラン
◎電子書籍を作る・見せるためのソリューション
https://www.voyager.co.jp/products/romancer_business/

奥付

アクセシブルなEPUB制作 8つのポイント

発行日
2025年3月31日
著者
株式会社ボイジャー
編集執筆
鎌田純子、北原昌和、小池利明
アートディレクション
木村真樹
表紙イラスト
もんくみこ
制作協力
佐藤聖一(埼玉県立久喜図書館バリアフリー読書推進担当)
田中俊隆(小学館)
松井進(千葉県立西部図書館)
渡辺政信(一般社団法人日本出版インフラセンター)
発行者
鎌田純子
発行元
株式会社ボイジャー
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-41-14
電話
03-5467-7070